世界異聞録

世界の片隅に埋もれた事件・詐欺・ネットの謎を、現地資料から読み解く。

分類
SCAM
場所
日本/タイ・カンボジア国境
年代
2024–2026
掲載
2026-09-17
捜査中

連載「園区」 第2回/全6回

「海外で簡単に稼げる仕事」――部屋に人を送り込む経路

「月に300ぐらい稼げる」「詐欺の仕事だよ」。

「3か月で500万円稼げるぞ。犯罪じゃない」。

「かばんを搬入する仕事になる。報酬は30万円」。

「種銭も旅費も必要ないから、一緒にカジノで稼ごう」。

言い方はばらばらである。仕事の中身も、詐欺だと言うものから、運び屋、カジノ、コールセンターまで幅がある。共通しているのは、行き先が同じだったことだ。タイ、カンボジア、ミャンマー、マレーシア。国境の町の、塀に囲まれた敷地。前回の、日本に電話をかけるための部屋である。

警察庁は2025年分の統計(2026年5月公表)の中で、リクルーターとみられる者が「海外で簡単に稼げる仕事がある」といった口実で人を集め、応募した者が海外へ渡って犯行に加担させられる事例を把握している、と書いた。その一文の中身は、判決と逮捕と証言に残っている。

求人の画面と、その先の国境の道のイメージ
スマートフォンに届く求人の文面と、その先にある国境の道のイメージ。報道をもとにした図版であり、実際の画面ではない

空港まで

経路がいちばん具体的に書かれているのは、2026年6月に愛知県警が逮捕した、大阪市の30歳の男の件である。容疑は職業安定法違反。時事通信によれば、「まとまった金が稼げる」というネットの投稿に応じてきた当時21歳の男性に、SNSでかけ子の仕事を紹介し、男性と一緒に関西国際空港へ行って、タイ行きの航空券を渡して出国させた疑いが持たれている。男性はタイから陸路でポイペトの拠点に入ったという。

つまり、日本から直接カンボジアへ飛ぶのではない。バンコクに降りて、そこから陸路で国境へ向かう。前回の拠点があったポイペトは、タイ側から車で入れる町である。

入口は、ネットの求人だけではない。

2026年2月に愛知県警が逮捕した2人の容疑は、所在国外移送略取だった。2025年2月、安城市内を走る車の中で35歳の男性に「金借りとるやつが逃げるのか。はい、と言うまで殴るぞ」と脅し、翌日、中部空港の出発口まで連れて行った疑いである。男性は日本で数千万円の借金を抱えていて、債権者の知人から、パスポートを用意するよう指示されていたという。男性はポイペトの拠点で約3か月、かけ子として働かされたと報じられている。

2026年8月に広島県警が逮捕した2人の件では、入口は正社員の採用面接だった。飲食店運営会社の代表と元役員の2人が、面接を受けて不採用にした47歳の男性に「かばんを搬入する仕事になる」「報酬は30万円」と持ちかけ、関西国際空港から台湾へ送り出した疑いである。男性はその後タイへ移され、現地の日本大使館に駆け込んだという。代表は容疑を否認し、元役員は認めていると報じられている。

そして歌舞伎町。警視庁は2026年5月から、住吉会系の暴力団組員の男を繰り返し逮捕している。TBSが報じた6回目の逮捕容疑は、2025年8月、いわゆる「トー横」の周辺で知り合った20代の女性に「金に困っているなら海外行くか。3か月で500万円稼げるぞ。犯罪じゃない」と持ちかけ、荒川区の宿泊施設に連れ込んだ疑いである。女性は東南アジアの拠点を転々とさせられ、マレーシアの拠点で外出を許されたとき、同じ男に誘われていた別の女性と一緒に日本大使館に逃げ込んだという。

ネットの求人、借金、採用面接、街で声をかける。入口は四つとも違う。出口は同じである。


部屋の中

拠点に着いたあと何が起きるかは、警察庁の資料に三つの供述が残っている。パスポートとスマホを取り上げられ、帰るなら数百万払えと言われた。詐欺をやりたくないと言うと「臓器を売るぞ」「家族を殺す」と脅された。ミスをすると暴力を受け、アルコールをかけられて火をつけられた。

この「臓器を売るぞ」という脅し文句は、別の場所にも残っている。

一つは、2026年7月に現代ビジネスが載せた、仮名の40代男性の証言である。男性はThreadsの投稿で「種銭も旅費も必要ないから一緒にカジノで稼ごう」と誘われ、関西空港からプノンペンへ飛んだ。着いた先の4つ星ホテルで軟禁され、5月13日の夜、「臓器を売るか、どっかの箱に飛ばして仕事をしてもらうか」と迫られたという。「箱」は、詐欺拠点のことである。男性は翌日、X上で元リクルーターを名乗る人物に助けを求め、脱出したと語っている。

もう一つは、書類である。2026年9月、タイ軍が、タイ東北部スリン県のチョンジョム周辺で国境線がはっきり決まっていない地帯にある拠点を、報道陣に公開した。前回の、日本人の預金残高入りの書類が見つかった拠点と同じ場所とみられる。時事通信によれば、押収された書類には、目標額を達成できない場合は構成員を「他の方法で利用できる」という一文があり、案内役の兵士は臓器売買の文言もあったと説明した。敷地には「医院」の看板がついた3階建ての建物があり、手術台が置かれていたという。

警察庁の文書に残った供述、脱出した男性の証言、タイ軍が公開した書類。三つは別々の場所で、同じ脅しを記録している。ただし、実際に臓器が売られたことを示す資料は、この記事を書いている時点では見当たらない。脅しとして使われたことが分かっているだけである。

部屋の日常のほうは、文春オンラインが2026年1月に載せた匿名の証言にある。カンボジアの拠点で日本人チームの「部長」を務めたという男性は、朝8時に出社して16時まで電話をかけ、昼休みと反省会があったと語っている。だまし取った額を「売上」、被害者を「顧客」と呼んでいた。拠点は中国系や台湾系の組織が運営する「パーク」で、その中にテナントのように日本人向けの区画がある、と男性は説明している。

暴力の話と、出社と反省会の話は、同じ部屋の別の面である。


送った側

人を送り込んだ側で、判決まで出ているものは一つしかない。

2025年11月、名古屋地裁は32歳の男に懲役4年を言い渡した。罪名は職業安定法違反など。2024年、愛知県の当時16歳の高校生を含む3人を、ミャンマーの拠点の特殊詐欺グループにかけ子として紹介した、という内容である。

検察の冒頭陳述によると、男は通信アプリのテレグラムで「月に300ぐらい稼げる」「詐欺の仕事だよ」と勧誘していた。仕事の中身を隠していない。男の上には偽名を名乗る3人の指示役がいて、男はヤミ金業者の紹介でこの仕事に関わり、指示役が用意したマニュアルに従って勧誘していた。送り込んだあとも連絡を取り、「報酬がもらえない」という不満を指示役に報告していたという。

被告の男は法廷で、何度か仕事を辞めたいと伝えたが、逆らったら自分以外の大切な人に危害を加えると脅された、と述べた。

裁判長は、果たした役割は詐欺組織の人員確保にとって必要不可欠で、主導的に犯行を進めた、と述べた。控訴したかどうか、判決が確定したかどうかは、確認できていない。

送られた側の16歳の高校生には、家庭裁判所の処分が出ている。2025年7月、名古屋家庭裁判所は、ミャンマー国境地帯の拠点から三重県の男性らに警察官をかたる電話をかけ、計約1,400万円をだまし取ったとして、この少年を第1種少年院に送致した。脅迫がある中でかけ子をせざるを得ない状況にあったとはいえ、違法性を認識した上で海外に渡って加担しており、一定の責任は免れない、という趣旨の理由だったと報じられている。

送った側は、自分も脅されていたと法廷で言い、送られた側は、脅されていたが責任は免れないと判断された。この構図は、この後も何度も出てくる。


暴力団

警察庁は2026年4月の「令和7年における組織犯罪の情勢」で、はっきりした書き方をしている。

海外で活動する匿名・流動型犯罪グループには、暴走族OBグループや外国人犯罪組織が関与し、カンボジアなどを拠点に特殊詐欺を行っていることが確認されている。そして、これらの拠点において、拠点の管理や日本人のかけ子の調達に、暴力団が関与している実態が認められる、と。

さらに、構成員が減って勢力が落ちている暴力団が、海外の外国人犯罪組織と連携して勢力の維持・拡大を図っていて、その結節点として匿名・流動型犯罪グループが重要な役割を果たしている、とも書いている。

この文書は団体名も事件名も挙げていない。個別の事件で見えているのは、いくつかである。

歌舞伎町の件の組員は住吉会系だった。2026年7月には、六代目山口組弘道会の傘下組織の幹部が、愛知県警に逮捕されたとテレビ愛知が報じている。容疑は暴力行為等処罰法違反。かけ子のリクルーターの依頼を受けて、別のリクルーターの男に暴力団の威力を示し、「金の件で揉めてるでしょ。渡世としてケジメとらなかん。これは誰の案件なの」と迫った疑いだという。かけ子を送り込んだ報酬をめぐる、リクルーター同士の金銭トラブルとみられている。

ポイペトの拠点の「オーナー」とされる男が2026年6月にタイで拘束され、送還後に愛知県警に逮捕されたあと、住吉会系の事務所が捜索されたことも、時事通信が報じている。

人を集める、拠点を管理する、揉め事を収める。それぞれの場面に、暴力団の名前が出てくる。警察庁の文書が言う「関与」は、こういう形で見えている。


数字

海外の拠点を外国の当局が摘発し、日本に移送するなどして検挙した人数を、警察庁は年ごとに公表している。

  • - 2023年:69人
  • - 2024年:50人
  • - 2025年:54人
  • - 2026年上半期:37人

足すと210人になる。警察庁がこの形で累計を出した資料は見当たらないので、これは各年の合算である。2026年は上半期だけで前年同期より27人多く、ペースは上がっている。

移送された人数とは別に、まだ帰っていない人がいる。2026年6月、警察庁の課長がカンボジア国家警察と協議した際、把握している行方不明者は数十人で、カンボジアにいる可能性がある、と説明したとNHKが報じている。警察庁の公表資料には、この「数十人」に当たる数字は出ていない。


隣の国では

同じ2025年に、韓国でも同じことが起きていた。

7月、慶尚北道の22歳の大学生が「博覧会に行く」と言ってカンボジアへ渡った。約1週間後、家族に5,000万ウォンの身代金を求める電話がかかり、その4日後に連絡が途絶えた。8月8日、カンポット州の山中の車内で遺体が見つかった。司法解剖では、拷問と激しい痛みによる心臓麻痺とされた。

この一件が公になってからの動きは速かった。10月14日、韓国外交部は、カンボジアで約80人の韓国人の所在が分からないと説明した。翌15日、外交部はカンポット州の一部とバベット市、ポイペト市に最高レベルの渡航禁止を出し、次官を団長とする政府対応団をプノンペンへ送った。18日、拘束されていた韓国人64人がチャーター機で仁川に戻り、到着と同時に全員が逮捕された。27日、李在明大統領がフン・マネット首相と会談し、韓国の警察官を派遣する合同タスクフォースの設置で合意した。

11月27日、韓国は独自の制裁を発表した。対象は個人15人と団体132。プリンス・グループの関連128団体と、その総帥の陳志、大学生殺害の主犯とされた男が含まれていた。外交部は、超国家犯罪に対応した韓国初の独自制裁で、単一の措置としては過去最大だと説明した。韓国語の報道と英語の報道で、この数字は一致している。

2026年5月末、カンポット州の裁判所は、大学生の殺害などの罪で中国籍の6人に終身刑を言い渡した。カンボジアに死刑はなく、法定の最高刑である。7月、韓国外交部は渡航禁止を一段階引き下げた。理由は、2026年上半期に韓国人が関わる犯罪の通報が前年同期比で94パーセント減ったから、というものだった。

事件が公になってから2週間で渡航禁止と送還、6週間で独自制裁、遺体の発見から10か月で判決。行方不明者の数は外交部が公表した。

日本の側に並べられるのは、次のとおりである。外務省が2025年2月にミャンマー・タイ国境について出した注意喚起。警察庁が公表した移送・検挙の人数。行方不明者の数は、公表資料にはなく、報道に「数十人」とあるだけである。プリンス・グループに対する日本の独自制裁はない。

同じ年に、同じ場所で、同じ構図の被害が出た。隣の国は数字を出して動き、日本は数字を出していない。


分かっていること、まだ見えないこと

分かっていることは、こうである。確認できた事例では、人はネットの求人、借金、採用面接、街での声かけと、少なくとも四つの入口から集められ、バンコクや台北を経由して陸路で国境の町に入っていた。着いた先でパスポートを取り上げられ、臓器を売るぞという同じ文句で脅された、という供述と証言と書類がある。送った側の一人には懲役4年が出て、その人物も上の指示役に脅されていたと述べた。人を集める段階には暴力団が関わっている、と警察庁が書いている。

見えていないことも多い。2026年に逮捕されたリクルーターたちの起訴と判決は、この記事を書いている時点で確認できていない。実名で公に証言した日本人は、日本語でも英語でも見つからなかった。証言はすべて匿名か仮名である。そして、日本人が何人まだ向こうにいるのかは、公表されていない。

送られた先の部屋は、前回のポイペトだけではない。ミャンマーの国境には、KKパークと呼ばれる巨大な敷地があった。2025年10月、ミャンマー国軍はそこを急襲し、建物を爆破し、635棟を壊したと発表した。

次回は、その数字が本当かどうかを、衛星画像で確かめた人たちの記録を追う。


資料と確かさについて

本稿は、警察庁の統計資料と「組織犯罪の情勢」、名古屋地裁の判決と公判を報じた時事通信の記事、リクルーターの逮捕を報じた時事通信・TBS・テレビ愛知の記事、韓国側の動きを報じた韓国語・英語の記事をおもな資料にしている。

地の文の語尾で、根拠の強さを書き分けた。警察庁の公式資料と判決は言い切り、逮捕段階のものは「容疑」「疑い」とし、報道にとどまるものは「〜という」「〜と報じられている」とした。冒頭陳述は検察側の主張であり、判決で認められた事実とは区別している。証言はすべて匿名か仮名で、本人の語りとして引いた。

逮捕された人と被告人の名前は記していない。未成年については、家庭裁判所の処分の事実だけを書いた。臓器売買については、脅し文句として使われたことまでを書き、実際に行われたかどうかは資料がないので書いていない。

  1. 1. 警察庁「令和7年における特殊詐欺及びSNS型投資・ロマンス詐欺の認知・検挙状況等(確定値版)」トピックス「海外拠点への対策」、および令和5年・令和6年・令和8年上半期の同資料(海外拠点からの移送・検挙人数)
  2. 2. 警察庁「令和7年における組織犯罪の情勢【確定値版】」(2026年4月)トピックスⅠ
  3. 3. 時事通信「リクルーターに懲役4年 名古屋地裁」(2025年11月19日)、同 初公判の記事(2025年10月10日)
  4. 4. 時事通信、リクルーター逮捕の各記事(2026年2月13日、6月8日、8月17日)
  5. 5. TBS NEWS DIG、歌舞伎町の組員の逮捕(2026年9月)
  6. 6. テレビ愛知、弘道会傘下組織幹部の逮捕(2026年7月16日)
  7. 7. 時事通信「詐欺グループ、臓器売買か ノルマ未達の『罰』」(2026年9月8日)
  8. 8. 現代ビジネス「『カンボジアの詐欺拠点』から脱走した40代男性が"独占証言"」(2026年7月)
  9. 9. 文春オンライン「カンボジア"特殊詐欺集団"をまとめた『日本人部長』の告白」(2026年1月)
  10. 10. 名古屋家庭裁判所の少年院送致決定(2025年7月28日、時事通信・中京テレビの報道による)
  11. 11. NHK、警察庁とカンボジア国家警察の協議(2026年6月23日)
  12. 12. 韓国側:Korea Times(2025年10月14日、2026年5月29日、7月10日)、Korea Herald(2025年10月15日、11月27日)、Al Jazeera(2025年10月18日)、AFP(2025年10月11日)、CBS노컷ニュース(2025年11月27日、韓国語)。韓国語の記事は翻訳を経由して読んだ

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