世界異聞録

世界の片隅に埋もれた事件・詐欺・ネットの謎を、現地資料から読み解く。

分類
SCAM
場所
ミャンマー・ミャワディ/タイ・メーソット
年代
2025–2026
掲載
2026-09-24
未解明

連載「園区」 第3回/全6回

635棟を壊した、と国軍は言った――爆破のあと、日本にかかってくる電話は減った

2025年10月、ミャンマーの国営テレビは、同じような映像を何度も流した。

コンクリートの建物の根元が光る。一拍おいて、壁が内側へ沈む。土煙が塀を越え、国境の川の上まで流れていく。

壊されていたのは「KKパーク」。タイとの国境の町ミャワディにある、東南アジアで最大級の詐欺拠点だ。塀の中には宿舎と事務棟がびっしり並び、最大で2万5,000人が働かされていたとも言われる。世界中に向けて、投資話と恋愛話と、警察を名乗る電話を送り出していた場所である。

国軍は、ここの建物を635棟壊したと発表した。

派手な映像だった。では、あの爆破で、日本にかかってくる電話は止まったのか。


客席には誰がいたか

爆破のショーには、客がいた。

いちばん前の席に座っていたのは、中国である。

その年の1月、中国の俳優、王星がタイで偽の撮影話に誘われ、国境を越えてミャワディの拠点に連れ込まれた。救い出されたあと、この話は中国のSNSで爆発的に広がった。自分の国の人間が、隣の国の塀の中で詐欺をやらされている。中国の世論が怒り、中国政府が動いた。

慌てたのはタイである。「タイに行くとさらわれる」。中国人観光客は目に見えて減り、2025年は前の年より3分の1少なくなった。2月、タイは国境越しにミャワディへ送っていた電気を止めた。その翌日、タイの首相は北京にいた。習近平は、タイの「強力な措置」を評価した。

ただし、中国の言い方は少し変わっている。拠点から連れ帰った自国民を、中国は被害者と呼ばない。「詐欺の容疑者」と呼ぶ。送還は救出ではなく「護送」で、チャーター便には警察官と容疑者が2対1で乗った。中国がほしかったのは、救われた人の数ではなく、捕まえた人の数だった。

国軍にとって、中国はクーデターのあとも付き合ってくれる、ほとんど唯一の大国だ。年末には、国際社会に認めさせたい総選挙が控えていた。急襲の翌週には、東南アジアの首脳が集まる会議もあった。

客席は満員だった。

そして635という数字は、壊し終わってから数えたものではない。国軍が急襲したのは10月19日。ミャンマーの情報省が「対象は635棟」と発表したのは11月11日で、そこから2か月かけて、数字はきっちり635に届いた。

ゴールが先に決まっているものを、ふつうは台本と呼ぶ。


舞台裏

客席から見えないところでは、別のことが起きていた。

ミャンマーの亡命メディア、イラワジは、この急襲を「見せるための作戦」と書いた。幹部たちは急襲の前に、とっくに外へ出されていたという。英国の調査団体CIRは、急襲の当日に数百人が近くの別の敷地へ移されていく様子を、衛星画像でとらえている。

壊し方も妙だった。

CIRが衛星画像で建物を1棟ずつ見比べると、国軍が「148棟を壊し終えた」と発表した区画で、完全に崩れていたのは31棟だけだった。残りは一部が壊れただけ。中には、外壁を剥がして、梁も階段も屋根もほとんどそのまま残した建物もあった。CIRの調査員は、建て直して使うつもりがあるのかもしれない、と語っている。

骨組みが残っていれば、また壁を張ればいい。

KKパークがあるのは、国軍と手を組んできた地元の武装勢力の地域だ。拠点の商売は、その土地と後ろ盾の上に建っている。本気で潰せば、国境の味方と揉める。だから壊すところは派手に見せて、骨は残す。


ほかの出演者たち

このショーで数字を出したのは、国軍だけではない。

国軍は、衛星通信「スターリンク」の受信機を30台押収したと発表した。同じ週、スターリンクを運営する米スペースX社は、詐欺拠点のまわりで2,500台あまりを止めたと自分から明かした。この会社は、その年ずっと追及されていた。2月には米誌WIREDが、ミャンマーの詐欺拠点がスターリンクでネットにつながっていると報じた。7月には米上院議員が、イーロン・マスクに説明を求める書簡を送った。2,500は、大きいほどいい数字だった。

川の向こうのタイは、逃げてきた人を国籍別に細かく数えた。インド、フィリピン、中国、ベトナム、エチオピア。観光客を呼び戻したい国にとって、国境で起きていることをきちんと数えて見せるのも仕事のうちだった。

中国は容疑者を数えた。タイは国籍を数えた。国軍は棟を数えた。スペースXは端末を数えた。

誰も嘘はついていない。みんな、自分の役に合った数字を読み上げただけだ。


幕が下りたあと

2026年1月、国営紙は「635棟の解体完了」を伝えた。

翌月、KKパークから5キロほど離れた山あいで、新しい敷地が広がっていると報じられた。現地の呼び名は「KKパーク2.0」。のちにCIRが衛星画像で、その拡大を確かめている。7月に国軍が近くを空爆すると、数千人の働き手が、16キロ先の別の武装勢力の地域へ移っていった。

そして2026年7月、オーストラリアの公共放送ABCは、KKパークについてこう伝えた。敷地はいまも建っていて、動いている。

635棟を壊したはずの場所が、まだ動いている。


誰の敷地だったのか

では、KKパークで商売をしていたのは、結局どういう連中だったのか。

答えは、一人の親玉ではない。雑居ビルに近い。

一番下の階にいるのは、地元の武装勢力である。国境一帯を押さえるカレン人の武装組織が、土地を出し、塀の門に兵士を立たせた。KKパークから逃げてきた人は、警備兵の制服にその組織の記章があったと証言している。米国は2025年5月、この組織とトップのソー・チッ・トゥ、その息子2人を制裁した。EUも、その幹部をKKパークの受益者として制裁している。

その上の階にいるのが、中国系の資本だ。米財務省は2025年11月、タイに登記された「トランス・アジア」という会社を制裁した。武装勢力と土地の賃貸契約を結び、KKパークを開発した会社だ、というのが米国の説明である。取締役のタイ国籍の男は、中国名も持っていた。

急襲の翌日、国軍の報道官が持ち出したのも、この会社との契約書だった。2020年2月付けで、100エーカーを年350万バーツ、期間30年。警備料は月50万バーツ。ただし国軍の言い分では、土地を貸したのは国軍の味方ではなく、国軍と戦う別の武装組織の側である。名指しされた側は、契約した土地はKKパークとは別の場所だと反論した。どちらの契約書が本物の「KKパーク」なのか、外からは見分けがつかない。

さらに古い名前も出てくる。米国の調査団体C4ADSは、KKパークの初期の出資者として、尹国駒の名を挙げている。1990年代のマカオを牛耳った黒社会「14K」の元ボスで、通り名は「ブロークン・トゥース(折れた歯)」。刑務所を出たあと東南アジアで事業を広げ、2020年に米国の制裁を受けた男である。「KK」は彼の名前の頭文字だ、という説まである。

もう一人、中国の新聞が「KK園区の重要な支配者の一人」と書いた男がいる。隣のシュエコッコという巨大な拠点を作った、佘智江だ。2022年にタイで捕まり、2025年11月に中国へ引き渡された。ところが中国の公安部は、その発表の中で、KKパークに一言も触れなかった。

そして一番上の階、実際に電話とメッセージを送っていた部屋を借りていたのは、中国語で「公司」と呼ばれる詐欺の会社である。オフィスビルのテナントのように、区画ごとに入居していた。ブロックチェーンの分析会社は、KKパークで動く中国系のフロント企業の口座に、2022年からの2年ほどで1億ドル近い暗号資産が流れ込んでいたことを突き止めている。会社の名前は伏せられた。

土地を貸した武装勢力は制裁された。開発した会社も制裁された。けれど、テナントとして中で詐欺を回していた「公司」の経営者で、KKパークの件で裁かれた人は、いまのところ見当たらない。

急襲のあと、ある公司は機材と人をまとめて、すぐ近くの別の敷地へ引っ越したという。ボスがカンボジアへ移る相談をしていた、という証言もある。

テナントは、ビルが壊されたら、別のビルに移るだけだ。


日本から来ていた連中

塀の中にいたのは、中国人だけではない。

日本の警察庁は、2026年4月の報告書で、はっきり書いている。カンボジアなどの海外の詐欺拠点には、暴走族のOBグループや外国人の犯罪組織が関わっている。拠点の管理や、日本人のかけ子集めには、暴力団が関わっている、と。

暴走族のOBグループ、と聞いて、ある名前を思い浮かべる人もいるだろう。関東連合である。

2012年、六本木のクラブで、客の男性が金属バットで殴られて死んだ。警視庁は、関東連合の元リーダー格、見立真一を殺人の容疑で指名手配した。懸賞金は最大600万円。事件の直後に海外へ逃げ、いまも捕まっていない。

その見立に、ここ数年、東南アジアの影がつきまとっている。

2025年1月、現代ビジネスは、カンボジアの国立公園のリゾートで撮られた一枚の集合写真を載せた。見立によく似た男が写っている、という。宿の予約は現地の人の名義で、外国人客のパスポートはコピーされなかったそうだ。

2か月後の2025年3月、関東連合の元メンバーの男が、タイのバンコクで拘束された。容疑は、カンボジアを拠点にした特殊詐欺。週刊誌によれば、男はプノンペンで日本料理店を実質的に経営し、詐欺の拠点に弁当を納めていた。タイ、ミャンマー、ベトナムを行き来していた、とも報じられた。そしてこの男は、見立の中学の同級生だった。

男は日本に移送され、逮捕された。「無関係ではないが、リーダーではない。弁当を出しただけだ」と話したという。

見立の行方は、いまもわからない。2026年9月には、タイのプーケットに潜んでいるという話が、現地の警察関係者の口から出てきた。

ミャンマー国境の拠点に、日本の準暴力団「チャイニーズドラゴン」につながるグループが関わっている、と報じた日本のテレビ局もある。

KKパークと関東連合を結ぶ話は、どこからも出ていない。ただ、国境の塀の中に、日本の夜の街から来た誰かがいたとしても、もう驚く人は少ないだろう。


日本の電話

さて、日本である。

警察庁は2026年7月、上半期の詐欺の数字を出した。KKパークの爆破から、半年あまりたったころの数字だ。

警察が把握した「詐欺が疑われる電話」は、前の年より27パーセント減っていた。

一方で、だまし取られた金額は、前の年より52パーセント増えていた。増えたぶんの多くは、SNSで近づいて投資話を持ちかける詐欺である。最初の接触がインスタグラムだった被害は、2倍を超えた。

電話は減った。お金は増えた。

ひょっとしたら、ミャンマーの爆破とこの数字は、まったく関係がないのかもしれない。でも、背後にひとつのストーリーを感じてしまうのは、私だけだろうか。

爆破で壊れたのは、電話をかける部屋のほうだった。商売のほうは、壊れていない。骨組みを残して、壁を張り替えて、入口を電話からスマホの画面に付け替えただけ。そんなストーリーである。

あの爆破は、取り締まりだったのか。それとも、よくできたショーだったのか。

あなたのスマホに今夜届く投資の誘いは、どこの部屋から送られているのだろう。


次回は、フィリピンの小さな町の話。拠点の側に立っていたとされるのは、町長その人だった。


資料と確かさについて

本稿は、ミャンマー国軍と国営メディアの発表を伝えたAP通信・アルジャジーラ・AFP通信・共同通信などの記事、英国の調査団体CIRの「ミャンマー・ウィットネス」による衛星画像の検証報告、中国公安部の発表を伝えた新華社の記事、タイの当局の発表、オーストラリアABCの報道、警察庁の統計をおもな資料にしている。中国語の資料は翻訳を経由して読んだ。

  1. 1. アルジャジーラ、ABC・AP通信(2025年10月21日):国軍によるKKパークの急襲とスターリンクの押収
  2. 2. France24・AFP通信(2025年10月22日):スペースXによる端末2,500台あまりの停止。WIRED(2025年2月27日)、ロイター(2025年7月29日、上院議員の書簡)
  3. 3. The Nation(2025年11月1日)ほか:タイへ逃れた人の国籍別の人数。The Thaiger、The Nation:中国人観光客の減少。新華社(2025年2月):タイ首相の訪中
  4. 4. CIR「ミャンマー・ウィットネス」(2025年10月29日、12月17日、2026年5月29日):急襲、KKパークIIの解体の検証、新しい敷地の拡大
  5. 5. AP通信・PBS(2025年12月17日)、共同通信(2026年1月10日):国軍の解体棟数と「635棟の解体完了」
  6. 6. 新華社(2026年2月9日、中国語):関連建物の解体と容疑者の護送
  7. 7. The Standard(香港、2026年2月12日):「KKパーク2.0」
  8. 8. ABC(2026年7月21日):KKパークの稼働継続
  9. 9. The Irrawaddy(2025年10月):急襲は「PR」とする地元の証言
  10. 10. BNI(2026年7月):空爆と働き手の移動
  11. 11. 警察庁「令和8年上半期における特殊詐欺の認知・検挙状況等について(暫定値)」(2026年7月31日):予兆電話の件数、被害額、当初接触ツール
  12. 12. 警察庁「令和7年における組織犯罪の情勢【確定値版】」(2026年4月):海外拠点と暴走族OBグループ・暴力団
  13. 13. 警視庁「六本木五丁目雑居ビル飲食店内殺人事件」の公開手配、警察庁「重要指名手配被疑者」
  14. 14. 現代ビジネス(2025年1月26日、2026年9月16日)、週刊文春(2025年3月27日)、集英社オンライン(2025年3月27日)、SmartFLASH(2025年4月12日)、日本経済新聞(2025年4月9日):関東連合の元メンバーの拘束と、見立真一の潜伏をめぐる報道
  15. 15. RKB毎日放送(2025年2月25日):ミャンマー国境の拠点とチャイニーズドラゴン
  16. 16. 米財務省(2025年5月5日、11月12日)、EU理事会(2024年10月29日):武装勢力と開発会社の制裁
  17. 17. The Nation(2025年10月21日):国軍報道官が示した土地賃貸契約
  18. 18. C4ADS「Hot Lines」(2025年3月27日):初期の出資者
  19. 19. 南方都市報・毎日経済新聞(2025年11月11日、中国語)、新華網(2025年11月12日、中国語):佘智江
  20. 20. Chainalysis(2024年):KKパークのフロント企業への暗号資産の流れ

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