2024年2月25日の夜明け前、フィリピン・ルソン島の農業の町バンバンで、ひとりの男が塀を越えた。
ベトナム人のグエン・ミン・ドゥック、33歳。通称ダニー。寮の裏の門から飛び出し、背の高い草の中を走った。追ってきたのは、勤め先の警備員だった。走りながら、彼は自分の携帯で動画を撮っている。
「死んでやる。助けて」
近所の家に逃げ込んだ。首と胴に打撲の痕があった。そこへ駆けつけたのは、町の警察である。
助けが来た、と思うのがふつうだろう。ところが警官たちが差し出したのは、一枚の書類だった。会社を告訴しない。怪我はしていない。自分の意思で出て行った。署名すればパスポートを返す、と。別々の警官が、四度それを持ってきた、と彼はのちに供述している。ホーチミン行きの航空券まで、誰かが買ってあった。
町の警察が、塀の中の側に立っていた。
彼は署名しなかった。三日後、マニラから来た別の部隊が彼を連れ出す。
これが、この町の話の入口である。塀の中で何が行われていたかは、連載の第1回と第2回で見てきた。この回で追うのは、塀の外のほうだ。あの塀を建て、電気を通し、警察を黙らせていたのは、誰だったのか。
「春節を祝おう」
ダニーが逃げた数日後、同じ塀の中から、もう一本の連絡が外に出た。
マレーシア人の男。報道では仮名でディランと呼ばれる。彼は2月10日、フィリピンで知り合った元同僚の中国人に「もう旧正月だから、飯を食いに行こう」と誘われて、バンバンのこの敷地に来た。友人は「用事がある」と言って出て行き、30分後、事務所の人間が来て彼に言った。ここで働け。お前にはもう30万ペソの借金がある。半年働けば自由にしてやる。
「私は売られた。30万ペソが値札だ」。そう思った、と彼は証言している。逃げようとして、警備員に顔を二発殴られた。
私用の携帯は取られていた。彼は会社の電話を使って、殴られた顔の写真をマレーシア大使館に送った。大使館が動き、マニラの大統領府反組織犯罪委員会が捜索令状を取る。
3月13日、午前1時半。部隊が門を破った。
敷地は7.9ヘクタール。3階から7階建ての建物が36棟。中にいたのは六百人を超える人間で、フィリピン人が最も多く、次が中国人、ベトナム人、マレーシア人と続いた。宿舎から携帯とSIMカードが山になって出てきた。撮影用のスタジオもあった。恋人を演じ、投資話を持ちかける仕事が、ここで行われていた。
数週間後、捜査官たちは敷地に残された27個の金庫を開けようとした。ところが町のグラインダー屋は、その日そろって「セミナー」で留守だった。道具も見当たらない。敷地の電気と水は、止められていた。
金庫の中には、現金と、各国のパスポートと、外国人名義のフィリピンの身分証と、暗号資産のシードフレーズがあった。手錠と、伸縮式の金属警棒も。
そして土地の登記を辿ると、名義の会社の署名欄に、町長の名前があった。
灯りを持ってきた人
町長の名は、アリス・レアル・グオ。2022年5月の選挙で当選した、若い女性である。
バンバンは、人口8万ほどの農業の町だ。1991年のピナツボ火山の噴火で一度すべてを失い、それから静かに時間が流れてきた。「噴火の前は、ここは美しかった」と、元教員の女性は記者に語っている。「静かで、暮らしはゆっくりだ。でも、仕事は要る」。
その町に、彼女は仕事と灯りを持ってきた。
町のセブンイレブンの店員は言う。「親切で、面倒見がよくて、交通ストのときはいつも無料で車に乗せてくれた。行事や葬式があれば来て、テントと椅子を出してくれた」。別の住民は、ジョリビー(フィリピン最大のファストフードのチェーン)もソーラー街灯も「全部、彼女のおかげ」だと言う。約200の家族が、あの敷地で雇われて生計を立てていた、というのは本人の説明だ。
中国の雑誌の記者は、この町の地図を一行で書いた。市庁舎を真ん中に置いて、郭市長は西に園区を建て、東にマクドナルドを建てた、と。
市場の店先や家の門には、「your honor」と書いた市長支持の看板が並んだ。彼女が公聴会で答えの終わりに繰り返した、あの言葉である。2022年に彼女と争って負けた地区長のサルティングは、選挙のあとの集会でこう言ったと伝わる。「町長になりたくない人間はいない。だが、こんな町長なら、逆らいたくない」。
敷地の話が上院に持ち込まれたあとも、住民は市長を守った。「私生活のことばかり、行ったり来たり聞きすぎだ。腹が立って最後まで見られなかった。でも私たちは変わらない」。地区の議員は記者に言い切った。「中国人だとしても、彼女は人々のためにやった。私たちは今も市長の側だ」。
町が黙っていたのは、買われていたからではない。もらっていたからだ。
電気がなければ、園区はない
では、彼女は敷地の何だったのか。
本人の説明はこうだ。2019年に土地を買い、会社に貸した。立候補する前に手を引いた。運営会社を前市長に「紹介した」だけで、自分の名が代表者として書類に載っていたことには気づかなかった。
上院議員のガチャリアンは、答えの代わりに領収書を並べた。2019年から2024年まで、敷地全体の電気代が、彼女の名義で払われていた。合計で6,000万ペソを超える。市長になってからも払っていた。摘発の年も払っていた。
「電気がなければ、園区はない。それだけの話だ」と彼は言った。「あなたが払わなければ、摘発も、人身売買も、拷問も、何もなかった」
町議会も動いていた。2019年、7.9ヘクタールの農地を工業・商業用に区分し直す条例が通っている。彼女が私人だった年だ。土地は約1,180万ペソで買われた。本人は上院で5,200万ペソだったと証言したが、記録は違う。
2023年には、彼女が一人の市議に話をして、看板を替えた運営会社の許可申請が議会の議題に載るようにした、と副市長がのちに下院で証言している。この会社に反対し続けた市議は、一人だけだった。
灯りは、東から来たのではなかった。西の塀の中から来て、庁舎を通って、東の街灯に届いていた。
「私は農場で育ちました」
2024年5月7日、上院の公聴会。
議員が聞いたのは、敷地のことではなかった。あなたはどこで生まれ、どこの学校に行き、家族は誰なのか。
「私は農場で育ちました」
「もう覚えていません、議長」
この二つの句は、フィリピンでその月のうちに流行語になった。出生届は17年遅れて出されていた。学校には行かず、ルビリンという一人の家庭教師に幼稚園から高校まで教わった、と彼女は言った。父は中国人、母はフィリピン人の家政婦で、自分は「愛の子」だと。
「友だちはいませんでした。遊び相手もいませんでした。農場に隠れて育ちました」
ホンティベロス議員は、次の公聴会をこう切り出した。「農場で生まれ、幼稚園から高校まで文字どおり一人の人間に教わり、大学には行かなかったこの市長は、中国のスパイなのか。大物のマネーロンダラーなのか。詐欺と人身売買の手引き役なのか。どれでもないのか。それとも全部なのか」
7月、ガチャリアンがマニラ首都圏の学校の記録を持ってきた。彼自身の母校である。2000年から2003年、小学1年から3年まで、そこに「郭華萍(グオ・ホァピン)」という児童がいた。入学書類には、中国語の出生証明の英訳が添えられていた。父は郭建奨、母は林文芸。
「私の記憶では、うちの学校に農場はなかった。建物ばかりだった」
その少し前、6月末に国家捜査局が指紋を照合していた。町長アリス・グオと、中国旅券の郭華萍は、同じ人間だった。
殺猪奨の娘
英語の報道は、彼女の出身を「福建省」までしか書かない。その先は、中国語の記事にしかない。
南方人物周刊という中国の雑誌が、2024年の夏、中国国内の会社登記と公証の書類を掘って、彼女の来歴を書いている。それによれば、郭華萍は1990年8月31日、福建省晋江の商家の長女として生まれた。父の郭建奨は1980年代に養豚場から身を起こし、地元では「殺猪奨(豚殺しの奨)」と呼ばれた。服装工場、刺繍工場、飯店、不動産。手を広げすぎて、90年代の末に借金を抱えた。
1999年、母の林文芸がフィリピンの刺繍会社に7万5,000ドルを投資し、翌年それを根拠に投資家のビザを取って、三人の子を連れて渡った。娘はマニラの華文学校に3年通う。2005年、「アリス・グオ」の出生証明とフィリピンの旅券ができる。2011年、母がビザを切り替えたとき、扶養家族の中から、娘の名だけが消えていた。
移住は、豊かな一家の海外進出ではなかった。没落した商人の再起で、娘は書類の上でフィリピン人に生まれ変わった。
父はいまも、別人の旅券で暮らしている、と同誌は書く。名義は「郭建種」。彼女が上院で「異母兄」と呼び、あとで「父」と言い直した、あの名前だ。2024年5月20日の夕方6時、娘がテレビで自分の悲しい生い立ちを語り終えた直後に、父はその旅券で母とともにフィリピンを出た。
そして、彼女の当選を祝った場所が、フィリピンの外にもうひとつあった。
2022年5月、晋江市金井鎮の鈔岱村。村民委員会の公式アカウントが、こんな慶事を流している。郷賢・郭建奨氏の愛娘、Alice Leal Guo がバンバン市長に当選。父は過去10年、この村の60歳以上の老人に29万元の慰問金を配っていた。叔父は村の党支部書記を務めた人物だった。
村にとって彼女は、海外で市長になった、村の誇りだった。
誰も、自分の側だとは言わなかった
ここから、話は不思議な形になる。
フィリピンの議員たちは「中国のスパイか」と問い続けた。国防長官はタルラック州の出身で、「わが州でこんなことが起きて不愉快だ」と言った。
一方、中国政府は、彼女の名を一度も口にしていない。中国大使館が出した声明でいちばん近いのは、摘発から三か月後のものだ。フィリピンの賭博業に関わった中国人の「絶大多数は被害者」であり、「不実の非難と汚名化に断固反対する」。それだけである。
中国の大手ニュースサイトが最初にこの件を報じたとき、見出しの「華裔(中国系)」には引用符が付いていた。フィリピン華人ではない。中国人が身分を偽ったのだ、と最初から線を引いていた。
線を引いたのは、中国側だけではない。マニラのチャイナタウンで出ている華字紙のコラムは、こう書いた。華人社会は連名で声明を出し、彼女と線を引くべきだ。そして皮肉を続けた。彼女には少なくとも一冊、本物の中国旅券がある。中国旅券ならシンガポール、マレーシア、タイはビザなしで入れる。政府は彼女に何ができる。中国に戻っても、せいぜい派出所に呼ばれて話を聞かれる程度だろう、と。
台湾の新聞は見出しに「共諜(中共のスパイ)」と書き、香港の新聞は「中国人」と書いた。
そこへ、獄中から声を上げた男がいる。タイの刑務所にいた佘智江。ミャンマー国境に巨大な詐欺の街を作った男で、第3回にも名前が出た。彼はカタールのテレビ局に、こう言った。郭華萍と私は、かつて中国の国家安全部に身を捧げた仲だ。中国は信用できない。
下院でこの映像を見せられたとき、それまで黙秘を続けていた彼女が、初めて声を荒らげた。
「議長、あまりに不公平です。あの人を知りません。私はスパイではありません。まったく違います」
「訴えたいです」
この男の言葉に裏付けはない。獄中の首領が注目を集めるために言ったのだろう、というのが中国の新聞の見方で、外の観察者もおおむね同じ読みをしている。
ただ、時間の並びだけは書いておく。佘智江は2025年11月12日、タイから中国へ引き渡された。彼女の判決は、その8日後である。この二つを並べて書いたのは、中国の新聞だけだった。
上海の法廷
華字紙のコラムが「中国は追わない」と予想した、その予想は外れた。
2025年11月、中国の新聞、南方周末が、裁判文書のデータベースから7件の判決を見つけている。いずれも上海市浦東新区の法院が、バンバンの敷地から連れ戻された中国人を、詐欺の罪で裁いたものだった。
判決文は、彼女をこう書いている。2019年から、電信詐欺を組織するためにフィリピン・バンバンに園区を設立した創立者であり、実質的な支配者。境外の詐欺体系の「上游支撑者(上流の支え手)」。2022年以降、44の詐欺会社が費用を払ってこの園区に入居した、と。
罪名が違う。フィリピンは彼女を人身売買で裁き、中国は同じ敷地を詐欺で裁いた。中国の法廷が確かめた敷地の中の様子も、少し違う。旅券は預けさせる。勤務中は携帯を使えないが、宿舎では使える。給料は固定か歩合。銃を持った警備員が門を守る。塀の中のすべての会社が詐欺をしている。
殴られ、電気を流された男の話と、宿舎で携帯が使える労働者の話は、同じ塀の中にあった。売られてきた者と、稼ぎに来た者が、隣の机に座っていたということだろう。
被害者の側にも、二種類の人間が書かれている。インドネシア人と、「中国国内の被害者」。中国人が、中国人を騙していた。
「何が違うんですか」
2024年7月13日、上院は公聴会を欠席し続ける彼女に逮捕状を出した。翌日、彼女はいなくなった。
9月、インドネシアで捕まって戻ってきた彼女は、防弾チョッキを着て上院に座った。逃げた方法を問われて、船だと言う。ただの船ではなくヨットだと聞いている、と議員が言うと、はい、ヨットです、と認めた。白い船体に「wings」のステッカー。マニラ首都圏のどこかの港から、夜10時前に乗った。携帯は「外国人のアジア人の女性」に預けた。誰が手配したかは、紙に書いて議員だけに見せた。
「逃げたのか、逃がされたのか」と、ある議員が聞いた。
「何が違うんですか」
そう返してから、彼女は少し言い直した。最初は、その人が私の代わりに決めた。大きな船に乗ったとき、引き返せるなら引き返したかった。怖かった。家に帰りたかった。
ジャカルタ郊外の住宅地で押さえられたとき、彼女はパジャマのままで、寝ぼけていた、とフィリピン入管の報道官は言う。背中まであった髪は、肩までに切られていた。三週間、インドネシアの警察は彼女を家から家へ、街から街へ、監視カメラで追い続けていた。
送還の日、彼女はインドネシア警察の幹部と握手して、こう言った。
「ありがとう、兄さん」
幕が下りたあと
2025年11月20日、パシッグの地裁は、彼女と共犯たちに終身刑を言い渡した。罪名は加重人身売買。7.9ヘクタールの敷地は、補償なしに国庫へ没収された。
彼女はビデオ会議で判決を聞き、何も言わなかった。その日のうちにしたのは、女子矯正施設への移送を避けて、パシッグの拘置所に留まりたいという申立てである。却下された。
弁護人は控訴すると言った。それから10か月あまりたった今も、控訴審の動きは伝えられていない。
代わりに、別のものが届いている。
2026年6月、内国歳入庁が彼女を脱税で告発した。5年間、所得税の申告を一度もしていない。不足額は10億ペソを超える。根拠は、彼女自身が上院で認めた資産だった。不動産、車両、ヘリコプター。
8月14日、獄中の彼女に、二枚目の逮捕状が届いた。詐欺会社への営業許可をめぐる反汚職法違反。保釈金は一件9万ペソ。終身刑の受刑者に、保釈金つきの逮捕状が来る。
そしてバンバンでは、彼女を倒した男が停職になった。
2022年に彼女に負けた、あのサルティングが、2025年5月の選挙で町長になっていた。地滑り的な勝利だった。2026年6月、そのサルティングに3か月の停職処分が出る。理由は、2019年の町議会の条例。7.9ヘクタールの農地を工業・商業用に区分し直した、あの議決だ。彼は当時、町議だった。彼女の土地を作ったのは、彼女を倒した男でもあった。
没収された敷地は、国有のまま使い道が決まっていない。軍の施設にする案は、出たまま止まっている。サーバーは撤去され、電子看板は何も映さず、中庭に草が伸びている、と今年7月に跡地を訪ねた旅行者は書いている。
判決のあとの町の空気を、中国の新聞が一行で伝えている。露天商は言った。新しい市長が、郭華萍の四分の一もできれば上等だ、と。
2025年の市長選に出た二人の候補は、どちらも彼女の選挙ロゴを使った。「AG」。彼女のイニシャルで、「進歩を保証する」の略でもある。
日本
この町の話に、日本人はほとんど出てこない。塀の中に日本人がいたという記録もない。
ただ、二つだけ書いておく。
彼女の弟の恋人で、隣の州の別の園区の窓口役だった24歳の女性、カサンドラ・オンは、下院の拘束を解かれたあと国外に出た。フィリピンの捜査当局が2025年11月に明らかにしたところでは、最後に足取りが確認できた国は、日本である。その後は分からない。同じ月、国際手配が出た。
もう一つ。2026年2月、バンバンから車で40分ほどのアンヘレス市で、日本人の男女3人と中国人の男1人が捕まった。住宅を使った小さな詐欺の拠点で、通信詐欺と、身代金目的の誘拐の計画。発端は、在フィリピン日本大使館からの情報提供だった。
大きな園区が壊されたあと、小さな部屋が増えた。第3回で書いたのと、同じ形である。
町長は誰だったのか
指紋が言っているのは、名前と生年月日だけだ。
フィリピンは彼女を中国人だと言い、中国は「華裔」に引用符を付け、華人社会は線を引き、村は郷賢の愛娘と祝い、町はいまも懐かしんでいる。誰も彼女を自分の側の人間だとは言わなかったのに、彼女はどこにでもいた。
塀の中の話は、第1回から見てきたとおりだ。この回で見えたのは、塀の外のほうである。街灯が点き、ファストフードが来て、葬式にテントが届く。その灯りがどこから来ているか、町の人は、たぶん知っていた。知っていて、選んだ。
自分の町に、灯りを持ってくる人が現れたとき。その電気代を誰が払っているのかと、聞く人はどれくらいいるだろう。
次回は、カンボジア。首相の顧問にまでなった男と、米国が「没収した」と言い、中国が「盗まれた」と言った、12万7,271ビットコインの話。
資料と確かさについて
本稿は、フィリピンの報道機関(Rappler、Philippine Daily Inquirer、GMA News、Daily Tribune、Philstar)が伝えた上院・下院の公聴会の証言と宣誓供述書、パシッグ地方裁判所の判決を報じた記事、フィリピン国家捜査局・入国管理局・内国歳入庁の発表、中国の南方人物周刊・南方周末の記事、中国駐フィリピン大使館の声明、マニラの華字紙・菲律賓商報のコラム、日本の共同通信の記事をもとに書いている。中国語の資料は原文を読み、訳は筆者による。
地の文の語尾で、根拠の強さを書き分けた。公聴会や法廷での証言、公的な発表は言い切り、報道機関の取材や当事者の主張にとどまるものは「〜と語っている」「〜と伝わる」とした。佘智江の発言は裏付けのない主張として、その旨を本文に書いた。救出された人数は媒体で食い違うため(658〜875人)、本文では「六百人を超える」とした。
- 1. Rappler「Bamban victim says cops 'forced' him to lie about POGO」(2024年9月19日)、同「Tracing the evidence」(2024年5月):ベトナム人労働者の脱走と宣誓供述書、金庫と町のグラインダー屋
- 2. Inquirer「Rescued Malaysian testifies Chinese sold him to Bamban Pogo for P300,000」(2024年7月17日):マレーシア人労働者の下院証言
- 3. Inquirer「Over 800 Filipinos, foreign Pogo workers rescued in Tarlac raid」(2024年3月13日)、Rappler(2024年4月11日):摘発、敷地の規模、金庫の中身
- 4. Rappler「Bamban, Tarlac: Shaken by Alice Guo and a raid of a POGO fortress」(2024年5月)、同「Amid Alice Guo's mounting controversy, Bamban residents unsure who to trust anymore」(2024年8月1日)、同「Bamban after Alice Guo」(2024年9月6日):住民の言葉、看板、土地の購入記録
- 5. Inquirer「Guo paid the electricity bills of Bamban Pogo – Gatchalian」(2024年9月9日)、Rappler(2024年9月19日):電気代、副市長の下院証言
- 6. Rappler「'Hindi ko na po maalala'」(2024年5月17日)、同「5 things that don't add up」(2024年5月22日)、同「Teacher Rubilyn is fake?」(2024年7月10日)、Asia Sentinel(2024年5月22日)、Inquirer「I am not a spy – Bamban Mayor Alice Guo」(2024年5月20日):上院証言と本人の声明
- 7. 南方人物周刊「伪造身份成为菲律宾市长的华人女生,和她的黑产帝国兴亡史」(2024年7月26日):出身、家族、移住の経緯、村の祝賀、「西に園区、東にマクドナルド」
- 8. 中国駐フィリピン大使館「就菲离岸博彩相关问题答记者问」(2024年6月14日)、観察者網(2024年7月15日)、菲律賓商報「劍客」欄(2024年8月21日)、自由時報(2025年11月21日)、HK01(2025年6月30日):各地の報じ方
- 9. Rappler「Alice Guo riled up by report tagging her as Chinese spy」(2024年9月27日)、中国公安部発表(2025年11月12日):佘智江の主張と引き渡し
- 10. 南方周末「搞博彩黑产的菲律宾前华人女市长,被判了终身监禁」(2025年11月28日)、同記者手記(2025年12月15日):上海浦東新区人民法院の判決文、判決後の町
- 11. Inquirer「Alice Guo reveals she fled Philippines aboard a yacht」「Alice Guo admits reluctance to leave PH」(2024年9月9日)、Rappler「How Alice Guo was caught by Indonesian police in only 18 days」(2024年9月4日)、GMA(2024年9月4日)、CNN Indonesia(2024年9月6日):逃亡と逮捕
- 12. Inquirer「Alice Guo gets life sentence for Pogo-linked trafficking」(2025年11月20日)、Daily Tribune(2025年11月21日)、PNA(2025年11月28日):判決と収監
- 13. Philstar・PNA・BusinessMirror(2026年6月11日):内国歳入庁の脱税告発。Daily Tribune(2026年8月15日):獄中への逮捕状。Tarlakenyo(2026年6月24日):新町長の停職
- 14. GMA・Philstar(2025年11月22〜24日):カサンドラ・オンの足取りと国際手配。フィリピン入国管理局発表、共同通信(2026年2月22日):アンヘレス市での日本人の逮捕
- 15. The Tourist Gaze(2026年7月10日):跡地の様子