世界異聞録

世界の片隅に埋もれた事件・詐欺・ネットの謎を、現地資料から読み解く。

分類
SCAM
場所
カンボジア・ポイペト/日本
年代
2025–2026
掲載
2026-09-14
公判中

連載「園区」 第1回/全6回

電話はどこから来ていたか――ニセ警察と、国境の町ポイペト

電話の相手は、警察官を名乗る。あなたの口座が犯罪に使われている、あなたにも逮捕状が出ている、身の潔白を証明するには資産を確認させてほしい、と。

画面の向こうに警察手帳が映ることもある。ビデオ通話に切り替えて、制服姿の男が話し続けることもある。

2025年、日本でこの形の詐欺が一気に増えた。警察庁は「ニセ警察詐欺」と名前を付けて、この年から数え始めている。そして捜査が進むと、その電話の一部が、日本から4,000キロ以上離れた、カンボジアとタイの国境の町からかけられていたことが分かってきた。

かけていたのは、日本人だった。

電話部屋と、奥の個室のイメージ
電話部屋と、奥にあるビデオ通話用の個室のイメージ。報道されている拠点の様子をもとにした図版であり、実際の写真ではない

倍になった年

警察庁の確定値によると、2025年の特殊詐欺の被害額は1,423.1億円だった。前の年は718.8億円で、ほぼ2倍になっている。1日あたりに直すと、3.9億円が消えていた計算になる。

増えた分のほとんどは、ニセ警察詐欺で説明がつく。この手口だけで1万1,014件、1,005億円。特殊詐欺全体の件数の4割近くを占め、2024年の後半から目立って増え始めたと警察庁は書いている。

1件あたりの被害も大きい。未遂を除いて、ニセ警察詐欺で実際にだまし取られた1件あたりの額は922.5万円で、それ以外の特殊詐欺の3倍を超える。

意外なのは、被害に遭った人の年代である。特殊詐欺といえば高齢者を狙うもの、という印象が強い。ところがニセ警察詐欺の件数で一番多かったのは30代で、次が20代だった。被害額で見ると60代と70代が大きいが、電話を受けて信じてしまった人の数でいえば、若い世代のほうが多い。

警察庁の資料には、手口の変わり種も載っている。「身体の特徴を確認する」と言って裸になるよう求める。「行動を確認する」と言って、入浴中やトイレでもビデオ通話をつないだままにさせる。2025年に起きた分だけで、未遂や相談を含めて247件が警察庁に報告されている。金の延べ棒を差し出させる手口も、ニセ警察詐欺だけで58.2億円の被害を出している。


ポイペト

ポイペトは、カンボジア北西部の、タイとの国境にある町である。国境の検問所の近くにカジノが立ち並び、タイ側から人と金が流れ込んでくる場所として知られてきた。

2025年の1月から5月にかけて、この町にあった拠点で、日本人たちが警察官を名乗って日本に電話をかけていた。警察白書によれば、マネー・ローンダリングの捜査を名目に、日本にいる5人から合計1億2,314万円をだまし取った。

5月、日本の警察が拠点の情報をカンボジア当局に渡し、カンボジア当局が拠点を摘発した。そこにいた日本人29人が確保された。

29人は、8月にチャーター機でまとめて日本へ移送され、愛知県警などに特殊詐欺の容疑で逮捕された。

捜査はそこで終わらなかった。警察白書によれば、その後の両国の共同捜査で、11月までに、拠点にいた男を含む24人が、今度は組織的な詐欺の容疑で逮捕されている。逮捕した警察は、愛知、栃木、千葉、静岡、岐阜、三重の6県にまたがった。この24人と先の29人がどこまで重なるのかは、公表された資料からは分からない。

国境の町の一つの拠点の摘発が、日本の6つの県の捜査につながったことになる。


部屋の中の分業

拠点の中がどう動いていたのかは、裁判で少しずつ出てきている。

2026年1月、名古屋地裁で、中国籍の夫婦の初公判が開かれた。二人はポイペトの拠点で「指示役」を務めていたとして詐欺の罪に問われ、起訴された内容を認めた。

検察の冒頭陳述によると、夫婦は2025年1月にカンボジアに入り、ポイペトの詐欺グループに加わった。担っていたのは、日本人のかけ子に話し方を教えること、中国人の幹部との通訳、だまし取った金を受け取る口座の割り振り、そして入金の確認である。弁護側は、詐欺を手助けする役割にとどまっていたと主張している。判決が出たかどうかは、この記事を書いている時点では確認できていない。

つまり、この部屋には少なくとも三つの層があったとみられる。電話をかける日本人。日本語と中国語のあいだに立つ人。そして、その上にいる中国人の幹部である。幹部が誰だったのかは、公開された資料からは分からない。

愛知県警への取材をもとにした時事通信の報道では、この拠点に「AIルーム」と呼ばれる個室があったという。AIで作った偽の顔を使って、被害者とビデオ通話をするための部屋である。かけ子の側は、およそ30秒で自分の画面を切り、そのまま通話を続けていた。画面に映した警察手帳の顔写真も、AIで作ったものだったとされる。

冒頭の、画面の向こうの警察官は、この部屋から来ていた可能性がある。


帰るなら数百万

電話をかけていた日本人は、どうやってそこへ行ったのか。

警察庁は、2025年の統計の中に「海外拠点への対策」という短い囲み記事を置いている。そこには、リクルーターとみられる者が「海外で簡単に稼げる仕事がある」といった口実で人を集め、応募した者が海外へ渡り、犯行に加担させられる事例を把握している、と書かれている。

同じ囲みに、海外の拠点でかけ子として働いていた者たちの供述が、三つだけ並んでいる。

  • - パスポートとスマホを取り上げられ、帰るなら数百万払えと言われた。
  • - 詐欺をやりたくないと言うと、「臓器を売るぞ」「家族を殺す」などと脅された。
  • - ミスをしたり、管理者の指示どおりにやらなかったりすると暴力を受け、ひどいときにはアルコールをかけられて火をつけられた。

電話の向こうの「警察官」は、加害者である。同時に、少なくともその一部は、帰ることのできない部屋にいた。日本の報道でも、事件によって、こうした人たちが加害者として書かれたり、被害者として書かれたりしている。

中国語圏の報道では、この揺れがあまり見られない。拠点から見つかった日本人は、おおむね「日本の高齢者を狙った詐欺の加害者」として書かれていて、帰れない部屋にいた側面にはあまり触れられていない。


国境の向こうに残っていた書類

ポイペトの摘発のあとも、拠点はなくなっていない。

2026年3月、タイ軍が、カンボジアとの国境沿いにある拠点を報道陣に公開した。場所はタイ東北部スリン県のチョンジョム周辺で、国境線がはっきり決まっていない地帯にある。時事通信によれば、80万平方メートルの敷地に約160棟の建物が並び、約2万人が働いていたとみられる。

中から見つかった書類の中に、日本人の個人情報が70枚以上あった。氏名、年齢、電話番号、家族構成、銀行口座の残高、投資信託や証券の保有状況まで書かれていた。警察官の役を演じるための想定問答集もあり、そこには日本人らしい偽名が記されていたという。電気料金の滞納や個人情報の漏えいを口実にした台本も見つかっている。

この書類について、日本の警察が中身を確認したという発表は、今のところ見当たらない。書かれていた情報が本物なのか、実際に電話に使われたのかも分かっていない。それでも、日本の誰かの預金残高を書き込んだ紙が、国境の向こうの建物に残されていた。


分かっていること、まだ見えないこと

日本の警察の公式文書で言えることは、ここまでである。

警察庁は、2025年に東南アジアのタイ、カンボジア、フィリピン、マレーシアの拠点に関わって、54人を日本へ移送するなどして検挙したとしている。そして2026年4月の「組織犯罪の情勢」では、もう一歩踏み込んだ。カンボジアなどの拠点には暴走族のOBグループや外国人の犯罪組織が関わっていて、拠点の管理や日本人のかけ子を集めることには暴力団が関わっている、と。外国人の犯罪組織は、かけ子の勧誘から拠点での管理まで、日本に住む同胞を使っている。だまし取った金を動かすのにも、同胞が関わる日本国内の会社が使われている、とも書いている。

一方で、見えていないこともはっきりしている。ポイペトの拠点を、誰が持ち、誰が運営していたのか。日本の被害者から集めた金が、最後にどこへ流れ着いたのか。日本の警察の資料は、そこまでは書いていない。

国境の町の外に目を向けると、話の規模が変わる。国連人権高等弁務官事務所は2026年2月の報告で、東南アジアの詐欺拠点では少なくとも30万人が働いているとみられ、2025年3月の時点で66か国から人身取引の被害者が連れて来られていた、としている。ポイペトの29人は、その中のごく一部にすぎない。

そうした場所は、中国語で「園区」と呼ばれている。塀と有刺鉄線に囲まれた敷地に、宿舎と、電話をかけるための部屋が並ぶ。日本にかかってくる電話の向こうには、日本の報道にはほとんど出てこない広い世界がある。

次回は、その部屋に人がどう送り込まれていったのかを追う。


資料と確かさについて

本稿は、警察庁の統計資料と警察白書、「組織犯罪の情勢」、裁判を報じた時事通信の記事をおもな資料にしている。

地の文の語尾で、根拠の強さを書き分けた。警察庁の公式資料に載っている数字や事実は言い切り、報道にとどまるものは「〜という」「〜とされる」とした。検察の冒頭陳述は、法廷で検察側が主張した内容であり、判決で認められた事実ではない。

ポイペトの拠点を運営していた組織と、日本の被害金の行き先は、公的な資料では示されていない。本稿では、その部分を推測で埋めていない。事件に関わった人のうち、起訴された被告人を含め、個人の名前は記していない。

  1. 1. 警察庁「令和7年における特殊詐欺及びSNS型投資・ロマンス詐欺の認知・検挙状況等(確定値版)」(被害額、ニセ警察詐欺、年代別、トピックス「海外拠点への対策」)
  2. 2. 警察庁「令和8年版警察白書」抜粋版(ポイペトの拠点の事件、24人の逮捕)
  3. 3. 警察庁「令和7年における組織犯罪の情勢」(海外拠点と暴力団・外国人犯罪組織の関係、海外拠点に関する検挙状況)
  4. 4. 時事通信「指示役の中国人夫婦、起訴内容認める カンボジア詐欺拠点―名古屋地裁」(2026年1月8日)
  5. 5. 時事通信「『AIルーム』でビデオ通話 警官装い、カンボジア拠点詐欺―愛知県警」(2026年5月21日)
  6. 6. 時事通信「邦人の個人情報多数 2万人詐欺拠点、偽の警察・銀行も―タイ・カンボジア国境」(2026年3月14日)
  7. 7. 国連人権高等弁務官事務所の報告(UN News、2026年2月20日)
  8. 8. 中国語圏の報道:騰訊新聞(環球時報と日本の報道を引用、2025年8月27日)、HK01(2025年8月22日)。いずれも翻訳を経由して読んだ

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